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2003年の短信
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短信2003
忙しさも過ぎて一服
今年の室井の短信は、高校時代を髣髴とさせるような元気があって読んでいて嬉しい。その元気は、室井が唐ゼミでの若者たちの才能に触れているからではないかと、真に思う。才能は自分を信じることができ、面白いと思うものや、他人に「どうだ」と言えるものにエネルギーを注げる。才能は,開放してやると本当におお化けするもんね。私も恵まれていることに、いわゆる理工系の才能に囲まれている。嬉しくなるくらいの才能を持っている。見ていて楽しい。才能を開放してあげるために少しは資源をつぎ込んでいる。見返りを求めているわけではないが、余りあるものを見れる。だから、私も元気だ。決してサプリのせいではないと思う:)こんなこと書いているようじゃ、ただのおじさんになった気もする。
近々あると思われる「のみ」を楽しみにしている。
桑島茂純 [ Mail ]2003/12/08(Mon) 19:39:35 No.18
久々の更新
9月17日から19日までは韓国ソウルへの観光旅行。短い日程だったけれど雰囲気を満喫。ちょっとだけ夏休み気分。9月末から10月にかけては父母の引っ越しやら、大阪日帰りやらでばたばたしたが、そのまま大学後期突入。さらに唐組の秋公演「河童」「泥人魚」が始まる。
その間、成城大学で10月11-13日、美学会全国大会。司会を久々にさせられる。学会もここまで来るとほとんど同窓会のようなものだ。
そして、そのままの流れで唐ゼミ第六回公演「鉛の心臓」が新宿パンプルムスで始まる。よく、「室井さん、随分入れ込んでますね」とか言われるけれど、そうではない。唐ゼミというのは、学生劇団の顧問のようなものではなくて、ぼくが自分の仕事として本気でやっているプロジェクトなのだ。もちろん、そこにはめったに巡り会えない才能をもった何人かが集まっているということもあるし、バッタの時からの継続した動きと言うようなこともあるのだが、何よりもぼくはこのプロジェクトの中に、世の中のどこにもない、プロフェッショナルにもできない、国立大学という特殊な場所からしか生まれてこない不可能な「文化」を見いだしたいのである。大学からしか生まれない文化というようなものは60年代にはあったような気がする。だが、それ以降そこにあるのは甘えきった「大学祭」カルチャーか、そうでなければ世の中の「プロ」の真似事をした既成文化の予備軍のようなものでしかなかった。唐ゼミの前のめりで背伸びをしている学生たちの中にぼくが追い求めているのは、そうした既成社会のどこにもすんなり落ち着くことができないエネルギーの渦のようなものである。「それは要するにプロ野球にはない、高校野球の魅力のようなものですか?」と聞かれることもあるが、半分は似ているかもしれないにしても、全く違っている。高校野球や高校演劇は組織化され、制度化されたものにほかならない。また「野球」や「演劇」というジャンルが既に誰にも疑われないものになっている。唐ゼミが目指すのは「演劇」ではないし、「演劇」の世界の中での高い序列や順位付けを目指すものでもない。「演劇」好きや「映画」好きに何か新しい文化を作り出せるはずはない。壊れきってしまった国立大学といういい加減な空間、モラトリアムの時間を漂う不安定な青年期、そこに唐十郎という超絶した「人間以外」の天才を持ち込み、ぼくら大人が本気でそれに資金と労力を注ぎ込み、徹底的にサポートすることから、他ではありえないような連鎖的な化学反応が起こって来るのを見たいのだ。そこに賭けているのである。潜在的であるにしろ、本当にそこに「凄い」ものが含まれていないようなものなら、けっしてぼくが本気でサポートするはずがないではないか。ですから、きちんとした感性をもっている人でさえあれば、唐ゼミはいまの日本の文化全体、あるいは世界の文化全体の中に置いたとしても、絶対に面白いのである。それはプロとの比較とか、演劇賞を取るようなヒット作と比べてそこそこ面白いと言うようなことではない。そうではなくて、絶対的に、純粋に面白いしわくわくするのだ。ですから、まだ12月19日から23日まで大阪阿倍野での公演が残っているので、是非とも見に来て下さい。今回は山口昌男さんご夫妻、合田佐和子さんにも見に来てもらって喜んでもらえた。大久保鷹さんに至っては二回足を運んでもらった。長野、新潟、水戸、大阪などの遠方からのお客さんも増えて来ている。まだまだ、行けるところまで突き進むしかあるまい。大阪公演は全日つきあう予定です。
その唐ゼミ公演最終週を初めて休んで、11月20日からはロサンゼルスのUCLAで開かれていたAJLS( Association of Japanese Literary Studies )に出席。京都大学で出会ってその後僕の本を読んで気に入ってくれたMichael Marraさんが招待してくれたものであるが、初めてのロサンゼルスを満喫した。とはいえ、きわめてタイトなスケジュールで、しかも僕のスピーチは三日目に入れられていたので、それまでが少し苦痛だった。理論的立場の明示-テキスト分析-その立場の有効性の主張という、まるで判で押したように同形式の研究発表を聞いているとアメリカ型の大学院教育がいかに想像力を抑圧し、似たような「研究成果」を生み出しているかということがよくわかる。はっきり言って、はきはきしたプレゼンテーション、活気ある質疑などの見かけとは正反対に、きわめてつまならない「知的文化」のあり方がよく分かる。「文学」はそこではただの口実、またはデータにすぎない。古典や中世文学をやっている人まで「ディコンストラクション」とか「フェミニズム」とかの立場を表明してからやるのには驚いた。コンテクストが共有できない多文化国家ではこういう平板な教育システムをみんな共有することが大事なんだろうが、最近は日本でもこういうやり方をそのまま導入しようとしているのが気にかかる。
ロスというのはひとつの郡のようなもので、フリーウェイとブールバードという車の道でいくつかのヴィレッジが連結されるような形になっているが、UCLA近くのウェストウッド、ダウンタウン、ハリウッドだけ足を向けてみた。バカバカしくも「夢のカリフォルニア」を体現したピカピカのビルや町並みのすぐ横にホームレスたちが歩道に暮らす超貧乏な地区が隣接しているのが印象的。
室井尚 2003/12/01(Mon) 09:58:10 No.17
近況
「唐版風の又三郎」の劇評と一緒にここを更新しようと思っていたら、こんなに時間がたってしまった。なかなか劇評書くのが難しい。何度か手をつけてはいるんですけどね。結局、あの後新宿花園神社で5回、大阪扇町まで出かけて都合6回も見てしまった。素晴らしかったです。まあ、劇評の方はもう少し先と言うことにして、何があったのか自分のための�oえ書きということも含めて書き留めておこう。
7月4日は京都精華大学で講演会。「アート・テクノロジー・テロリズム」と怖いタイトルをつけられたが中身はバッタから唐ゼミのこと。以前帝塚山学院大学で同僚だった島本浣さんの企画だ。できるだけ、こんな時代にどうやって元気を出して行くかということをしゃべったつもりだが、聴衆のみなさんの反応が素晴らしく、終わった後のパーティ、二次会、三次会と盛り上がった。京都精華には来年記号学会の大会でまた行きますので、再会が楽しみ。
7月7日は「携帯文化の未来」研究会の第二回目。コンテンツ・サービス・ビジネスを展開しているベンチャーの美人社長がゲストだったが、何だかなあ……。「スポーツ新聞なんて私は一生買わないと思うけど、あれだけ売れるんだから、情報のキオスクを目指せばこの市場は将来性がある」って……。売れれば何でもいいっていう典型だよね。ただ、この人たちが泡銭を稼いでいる間に「パケット料」という形でその何倍もの利益を得ている携帯キャリアーの方がもっと悪らつではある。
7月15日はこのところ毎年やっている世田ヶ谷美術館の「美術大学」。一日でモダニズム以降のアートの説明なんてできないよ。でもまあ、そこのところを何とかこなして評判も悪くなかったようで良かったです。ここの学芸員もみんな居なくなってしまい何だか寂しい。
7月20日は大阪で「風又」に行ったのだが、一応主目的は唐ゼミの大阪公演の打ち合わせ。中野・椎野を連れて車で夜出発する。阿倍野にある「ロクソドンタ」というスペースの持ち主・中立公平氏からやってみないかという打診があったからであるが、場所がとても良く気に入る。12月に大阪公演が実現します。
7月31日は、編集工学研究所から声がかかったNTTグループの「コミュニティ・ビジネス研究会」の立ち上げ。50人規模の大きな会で、NTTグループの精鋭が集まるということで期待は大きい。金子郁容、大澤真幸、國領二郎さんたちと久しぶりに絡めるのもうれしい。
8月2、3日は大学のオープンキャンパス。年々規模が大きくなってなかなか大変。自発的に手伝いに入ってくれる学生がうれしい。新しい図書館のメディアホールを使う。4日は岐阜県大垣のIAMASで、マルチの卒業生の植田憲司君が企画している展覧会のイベントで、吉岡洋とトーク。そのまま飲み会へ。次の日は集中講義。どこもかしこも冷夏なのに大垣は暑かった。新横浜から新幹線に乗る時に偶然卒業生の玉置陽子さんとばったり会ううれしい偶然もあった。
そして8日から11日までは金沢での唐組特別公演。呼んでくれた金沢側との温度差や態勢の食い違いから初日はやや不満が残ったが、話し合ったら二日目から予想以上に奮闘してくれて内容的には何とか満足できるものになった。全体で400人動員を目標にしていたのだが、初日・二日目と70、70というやや寂しい入り。ようやく唐さんがトークで入ってくれた千秋楽になって200人超の盛り上がりとなった。唐ゼミにとってもいい経験になったろうし、次につながるうれしい出来事も沢山あったので、まあ良しとしよう。そのまま13-14は山中湖乞食城での唐組の稽古場公演。「河童」の一幕ほか。「風又」を終えた金・小檜山・近藤の梁山泊勢、唐ゼミからも四人が合流。
唐ゼミの秋公演は、1980年にその乞食城で書かれた「鉛の心臓」に決定。詳しい情報は唐ゼミのサイト( http://www.karazemi.com/ )を御覧下さい。また、唐組の「河童」は10月4,5,11,12,18,19(西新宿)24,25,26(雑司が谷鬼子母神)。「泥人魚」のアンコール公演が11月1,2,3となっています。
そこでまた続き……
8月26日には唐ゼミのパンフの件で池袋で大久保鷹さんと。奥田瑛二監督の映画「るにん」撮影中で忙しいところ一晩つきあってもらった。今回の唐ゼミチラシは新聞で中身も盛り沢山です。
9月に入って6日7日は長野県南安曇野の豊科美術館での岩城科研の集まり。北アルプスの山々が気持ち良かった。8日は携帯文化研究会の三回目。ますます盛り上がっている。
室井尚 [ Mail ]2003/09/14(Sun) 21:26:25 No.16
緊急報告・新宿梁山泊の「唐版・風の又三郎」
昨夜、初日を観てきました。驚いた。「演劇」を越えた「奇跡」というか一つの「事件」の域にまで達していた。とにかく最高。
ということで論評する前にとりあえず緊急報告。今日を含めてあとたった7回しかありません。予定を変更してでも、花園神社に向かうべきです。
詳しくは、 http://www5a.biglobe.ne.jp/ ~s-ryo/ で公演情報を見て下さい。
室井尚 2003/06/30(Mon) 09:18:50 No.15
唐十郎尽くしの6月
「泥人魚」公演後半。6月8日には長野公演に足を向ける。町でばったり、招聘の中心メンバーの一人で写真家の増尾久仁美さんと出会い、そのまま書店の裏にある朝陽館ギャラリー蔵で開催中の彼女の展覧会「劇団唐組写真展」へ。10年間の長野での唐組公演を中心とした写真を鑑賞。なつかしい顔・顔・顔。そこから道路へ出ると、今度はたまたま通りかかった唐さん、藤井由紀とばったり会う。よくばったり会う日だ。夕方会場の若里公園に行き、松尾さん、平井さんらの実行委員の方と久しぶりにお話しし、終演後は平井さんの車で千歳町の「チャップリン」にて打ち上げ。長野の文化グループ総勢50名ほどが集まり盛会だった。長野でのエンディングはトラックの荷台に積んだ三枚のブリキ板=ギロチン堤防がそのまま遠くに走り去って行くというもの。観客数も多く、静かな場所で、役者たちも張り切っていた。芝居としてはここのが一番良かったかもしれない。その後も花園神社4回に通い詰め、22日の千秋楽まで、結局今年は14回足を運んだことになる。ツアーでの人との出会い、劇団内の細かい動きなど観察できて有意義だった。
その間、6月18、19日には新宿三丁目の小ホール「パンプルムス」で、唐ゼミ「少女都市からの呼び声」の東京公演。初めて大学のテントを抜け出して、新宿でやるということで緊張が高まる。唐さんも舞台稽古から結局三日間詰めてくれた。客層も変化に富んでおり、堀切直人さん、村尾国士さん、浦野興二さん、唐さんのご家族など初めての方を始め、わざわざ水戸から来てくれた栗原ご夫妻、卒業生や立花義遼さんたちなどいつものメンバーも駆けつけてくれ、二日ともなかなかの盛況。テントではないということで心配していたが、芝居も鏡をつかったエンディングも思いのほかうまく行き感動した。あと、残り二日、27,28日の大学公演が残っていますが( http://www.karzemi.com) 、まだの方は是非御覧下さい。このままどんどん彼らは突き進みます。
それが終わると、翌29日からは花園神社で新宿梁山泊による「唐版・風の又三郎」が始まる。 http://www5a.biglobe.ne.jp/ ~s-ryo/ 。演出の金盾進氏や出演者の話を聞いてみると、とても面白そう。なんと言っても74年初演で唐十郎作品の最高峰とも言われる戯曲が繰り出す言葉の洪水に溺れてみたい。どうやら、ここには9.11以降の世界も重ねあわされているようだ。2001年の初めに、金さんと唐さんとぼくの三人はニューヨークで唐組公演の打ち合わせに行ったのだが、あの事件でその話は立ち消えとなったのだ。というよりも、アメリカという国でそんなことをする気持ちがみんな失せてしまったのである。というわけで、6月は唐十郎尽くしです。
毎年、学生たちに紹介をして、彼等に見てもらった感想を聞く。だんだん、素直に驚かない学生の数が増えてきた。とうしても、どこかで見たものと比較してしまうのである。ひどいと「吉本新喜劇」のようだとまで言う。消費財としての演劇やテレビのエンターテイメントしか知らない彼等は、距離感を感じるとすぐに突き放し、自分のデータベースにある「似た物」の範疇にそれを閉じ込めて処理してしまおうとするようである。確実に、彼等はこれらの「出来事」を見て、一瞬空間感覚や平衡感覚を失い、うまく距離を取れなくなってしまい、うろたえているはずなのに、そこからの日常への回復がやけに早い。戦場の映像を見ても、自爆テロの話を見ても、すぐに自分に関係ないやと立ち直り、日常の消費行動に戻って行くのと関係があるのではないかと思う。それでも、あきらめることはできない。「泥人魚」の中の「0.2ミリの(想像力の)鱗があれば、あのギロチン堤防の向こうへ抜けられる」という希望を持ち続けることしかない。
室井尚 2003/06/23(Mon) 23:50:49 No.14
日記風に……
5月は毎週何かがあって、忙しく飛び回っていた。ひとつずつ簡単に書き留めておくと、まずは、
5/2-3日。水戸芸術館でのバッタ地上置き公開。前々日に一年生たちに声をかけての大学野外音楽堂でのバルーンの虫干し。天候不良で2回順延となってしまい、最後まであのバルーンに振り回された感じだ。2日からは好天となり、水戸芸でのリハーサル。夜は、水戸一高のプチ同窓会と、椿昇たち水戸芸チームとの飲み会と二つの飲み会を掛け持ち。去年夏も行った大工町「豚いっぴき」から最後はバーに移動し2:00過ぎまで痛飲。楽しい晩だった。次の日は設置からお昼まで水戸に。去年のバッタ・ボランティアの人たちがまた手伝いに来てくれて旧交をあたためる。炎暑の中一緒に頑張ったのでみんななつかしい。結局バルーンは水戸市のコレクションとなり水戸芸術館保管ということになった。今後どういう展開があるのかは未定。できれば、また水戸で勇姿を見せて欲しい。
5/3-4。唐組「泥人魚」東京公演。花園神社での初日、二日目は相変わらずの盛況。大久保鷹、嵐山光三郎らに混じってスピーチ。毎日泥水の中に潜りながら、唐さんは例年になく元気だ。「泥人魚」は6/22まで。
5/10-11。大阪大学吹田キャンパスで日本記号学会大会。菅野盾樹氏企画による特集テーマは「記号機能のエヴォルーション- 生命から感情へ 」( http://www.iamas.ac.jp/ ~yoshioka/jass/jass23/23rd.html)。初日の菅原和孝(京都大学) 、黒田末寿(滋賀県立大学) のお話が面白く、ヒヒとブッシュマン、ピグミーチンパンジーの「文化」の話を興味深く聞いた。要するに人間の文化だって猿の群の「習性」のようなものにすぎないのかもしれない。レヴィ=ストロースたちは、「未開社会」の文化を場合によっては「文明社会」よりも精緻な「構造」として描いたが、もしかするとチンパンジーの「習性」の方が人間の「文化」よりも豊かなのかもしれない。このお二人に島本浣、吉岡洋、金光陽子を加えて、JR茨木の春日一丁目商店街で飲む。茨木に住んでいた頃によく足を向けたなつかしい路地だ。二日目は池田清彦(山梨大学)、郡司ベギオー幸夫(神戸大学)の生命論に関するトークを聞いて帰京。
5/16-18。再び水戸芸術館。16日は唐組水戸公演の初日。水戸一高の同窓生の栗原夫妻と富岡彰と共に観劇。ちょうど花園神社の時の劇評が朝日新聞と日経新聞の劇評となっており、客入りも上乗。唐さんも公演中の新聞劇評は久しぶりとあって張り切っていた。初めて観劇した3人も芝居を十分に楽しんでいたようだ。翌17日は、椿昇「国連少年」の「五月の教室」のゲストとしてトーク。唐組やバッタ・ボランティアの参加もあってレクチャー・ルームは人で埋まっていた( http://www.japaninternet.tv/blog/jit013/archives/2003_05.html )。展覧会を面白がってくれた唐さんも来場し、コメントまでしてくれた。このトークの内容は前回書き込んだ通りだが、それに絡んではまた吉岡洋が面白いエッセーを書いている( http://www.nk.rim.or.jp/ ~hyshk/text_J/purification.html)。アメリカを中心とするグローバル化はここに来てますます清教徒化(puritanによるpurification)という姿を現しつつあるようだ。一方で唐組の芝居の方はさらに好調。国連少年関係の若い人たちや学芸員の逢阪さん、高橋さんも来てくれて相変わらず飲み会は1:30まで。流石に疲れたので三日目はパスして帰宅。
5/27-29。大学での唐ゼミ公演「少女都市からの呼び声」がスタート。1月から準備を始め、テントを一か月張りっぱなしでの仕込みと稽古。だが、それでも実際にやってみていろんな問題が見つかる。初日は唐組の役者陣と唐さんのほか、状況劇場以来のお客さんが何人かと、見知らぬ大人の客も来られた。二日目、三日目と何十か所も大幅に手を加えて完成度を上げることを目指す。二日目には唐組の常連客の桜井さんがわざわざ千葉から来てくれて手厳しいダメ出しをしてくれ、三日目には新宿梁山泊の金守珍座長、大久保鷹をはじめ8名。6/29からの「風の又三郎」の稽古で超多忙な中来ていただけた。その他、金沢公演の仕切り役をはじめ7人、常連となった大学スタッフなど140名ほどで超満員。詳細は唐ゼミウェブサイト( http://www.karazemi.com )で。6月は17-18が新宿3丁目パンプルムスでのホール公演、27-28が大学テントでの最終公演。是非是非足を運んで下さい。学生演劇と言うことではなく、いま最も面白い舞台であるという意味で、騙されたと思って来てみる価値があります。
5/31-6/1。倉敷芸術科学大学主催の「日本映像学会29回大会」にシンポジウムのゲストとして参加( http://www.kusa.ac.jp/arts/jasias29/ )。松本俊夫さん、浅沼圭司さん、茂登山清文さんらと久しぶりに話す。美学会からの参加者も多いので、余り外の学会に来た気がしない。倉敷は20数年前の大学院生時代にやはり美学会で訪れて以来だろうか。シンポジウムは市内中心部の市立美術館で開かれたので周囲の美観地区や大原美術館にも足を向けることができた。シンポジウムも研究発表も思いのほか盛況で、それは映画研究をする若い学生や研究者が圧倒的に増えたためなのだが、それがヒッチコックやヌーベルバーグの監督たちに関する細かくてマニアックな作家研究、作品分析ばかりであることに複雑な気持ちを抱いた。みんなが、黒沢明とか市川昆(!)とかの研究テーマをもっているって、それでいいのか?ヒッチコックやゴダールは神様だということで安心して、ナラトロジーや構造分析しているだけでいいのか。多分、そんなようなことを年長の会員が気にしているということもあってか、シンポジウムのテーマは「作者」。何とか盛り上げることができて評判も良かったのだが、喜んでくれたのはどちらかというと年配の人たちばかりで、次の日にめちゃくちゃシネマテクノクラート的な「堅実な」研究発表をしていた若い人たちには通じなかったような気がする。お昼まで新倉敷の山上にある倉敷芸術科学大学までいて帰宅。
6/2。この日は、ずっと構想し続けて来た「携帯文化の未来を考える」研究会の立ち上げ。細かいことは書けないが、これまでになかったきわめてユニークな研究会であり、初顔合わせは大成功。やはり終電までみんなで飲んでしまう。月一ペースでこれから続けて行くことになった。
*同居人が企画した大阪放出の銭湯を舞台にした展覧会「銭湯プロジェクト」が今週末始まります。僕の方は、長野の唐組公演、唐ゼミ新宿公演、梁山泊「風又」公演に顔を出す他、世田ヶ谷美術館でのレクチャー(非公開)、7/4には京都精華大学での講演会とまだまだ週末の予定がめじろ押しでなかなか時間の余裕がありません。
室井尚 2003/06/04(Wed) 09:49:50 No.13
誇りを持って生き抜くためには……
椿と水戸芸術館でやることになっている5月17日のトークのために彼とやりとりしたメールの中で書いたことを、ここでも覚え書きとして残しておきたいと思います。僕の次の週に、椿はゲストとして椹木野衣を呼ぶらしい。彼はいま「美術関係者の反戦運動-「殺すな」( http://www.tententen.net/korosuna/ )というのをやっています。
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ぼくは反戦デモとか署名運動とかは論理を超えてむしろ生理的に嫌いなのです。89年の湾岸戦争の時の柄谷行人による「湾岸戦争に反対する文学者」の署名運動も完全に変だと思っているし、「殺すな」グループもきらい。要するに体面を装いたいだけではないか。「文学者による」とか「アーティストによる」とか「平和連合」とか、そんなアリバイ作りと現体制の自分達のステイタスに寄りかかったイス取りゲームをするくらいなら最初から政治家にでもなっていればいいんだ。それでもやりたいのなら「美術関係者」とか「文学者」とか言わず、群れの中の無名の一人となってやればいい。そもそも60年代の反戦運動を繰り返すというのが鼻持ちならない。戦争の形態があの時と今では全然違うだろう!? と僕なら思いますね。もはや国民戦争は終わっているのだから、甘ったるいコスモポリタニズムに基づく市民運動的な反戦運動は何の意味も無い。責任なんて誰もとれない時に自分は責任をとっていると言い訳をしているようなもので、私たち「アーティスト」はそれなりにやっています。何もやらない駄目なアーティストたちとは違いますとアピールしているのはとてもみっともないと思います。椹木はもともと好きではないし駄目な批評家ですが、マニフェストを読んでますます駄目だと思いましたね。まあ湾岸署名もそうでしたが、何か昔の民社党みたいな何の力もないだめな選択の好例だと思います。そもそも、アーティストという人種は多少おっちょこちょいなもので何かをとちくるってやってしまうとしても仕方ないところはあるのですが、椹木は一応「批評家」ということになっているのでしょう? 言葉を紡いでいるものが、これほどまでに言葉に無頓着で、鈍感なまま、嬉々として「美術関係者の反戦ネットワーク」などをやっていていいのか? 岡本太郎を悪用し、「業界」を悪用し、衝動的に「行動」へと走るのは、余りにも頭が悪く、悲惨で、見ていてうんざりします。
椿昇の「国連少年」のラディカルさは、今とは全く状況が違う戦時の言論統制下にその展覧会をやるぞ!と決めて実際にやりぬいてしまっている凶暴な意志にあるのであって、その目に見える形や結果ではない。反戦デモで間の抜けたパフォーマンスをするしかない他のアーティストは羨望するでしょうが、問題はそんな腑抜けた反戦アート展をやることなのではない。いまやブッシュの人形を燃やしても、ラムズフェルドの写真をびりびりに引き裂いても誰も怒らないし、歓迎すらされるのだから、そうした状況そのものの居ごこちの悪さを社会的活動で糊塗するのではなくむしろ思いきってうろたえまくってしまうのが潔いと思うのです。「ブッシュを暗殺してくれたらつきあってあげる」とHPで宣言しているグラビアアイドルがいるようだけど、アメリカネオコン暗殺計画(一人一殺)で募金活動とかでもしなければ、あのメディアまでが完全に操作された単純脳みその国がどうにかなるわけないじゃないか? 要するに「テロ」しかないのです。「テロ」というのがそもそも言葉のでっちあげなのですから正確に言えば「ゲリラ」になるしかない。必要なのは「反戦」ではなくて「宣戦布告」であり、「新しい戦争」を始めることにほかならない。「国連少年」は「反戦と平和」ではなくて、「開戦宣言」でなくてはならないと思うのです。吉岡洋がHPに書いているように( http://www.nk.rim.or.jp/~hyshk/invaded-J.html )、文化に対する侮蔑と圧殺は文化のゲリラ戦で反撃しないといけない。もちろんその時に「国連」では駄目に決まっています。最後の日に国連関係のものを全部広場で燃やしてしまってはどうだろうと思いますけどね。そこからはウディチコのタンクのように、町でのゲリラ戦に向かうしかない。地雷除去するだけで�ヘ不十分で、除去した地雷や劣化ウラン弾は、アメリカの高速道路に転送したりロンドン塔にぶつけたりしなくてはならないでしょうね。もちろん国会議事堂や六本木ヒルズにも……。いまこそアーティストや知識人は「村はずれの狂人」にならなくてはならないのに、ワールドカップで渋谷に繰り出す若者と同じようなノリで日比谷や代々木の反戦デモに野合している場合ではないと思います。
番長に逆らうと後でひどい目に合うからおとなしくしとこうという卑怯な腰巾着のような中学生の喧嘩のレベルで、日本をはじめすべての政府がまるでイワシの群ののように動いているのなら、この野蛮で純粋な権力の行使に対しては、ひそかに一人一人が反システム的で凶暴な牙を磨くことしかないでしょう。アルジャジーラ攻撃とかも、あれは要するに焚書であり、華氏451なのであり、異質な知性と懐疑の封殺なのです。そうであるとすれば、要するに腰巾着が番長を倒すしか誇りをもって生きる道はないのですから。戦後民主主義的パラダイムやレノン=オノ的な60年代反戦運動ゲームをしている場合じゃない。アーティストとか知識人のアピールとかしている場合ではなく、表現の場で、日常の場でみずからの内なる「アメリカ」とか内なる「ネオコン」とかを爆破していくことが筋でしょうし、イラクやアフガンの民衆ばかりではなく、この侵略を自分達自身と、ぼくたちが大切にしているもの自体への侵略なのだと自覚することが大切でしょう。いま、イラク人の殺害と共に、自分達自身の内側のものが絨毯爆撃で破壊され、滅んでいるという痛みの自覚がなければ何も変わらない。どうせ、人間は殺し合いをやめることはないのです。欲望で動く動物なのですから。問題はこの欲望を醜悪なまでに膨れ上がらせてしまったアメリカ型資本主義という人工的な巨大複合システムの方です。言うまでもなく現代美術なんていうものも元々その申し子のようなものです。「美術界から発言する人々」にその意識はあるんでしょうか。疑問です。なぜ、アメリカが「悪」なのか。「悪」とは関係を切断するもののことです。私見ですがビートルズやジョン・レノンのように「愛と平和」という水戸黄門の印籠みたいなものも振り回して人々を余ったるい夢想と思考停止に追い込むのもやはり同じ意味で「悪」だと思います。
戦争は終わりません。これからもずっと続きます。いま大切なのは「戦後処理」ではなく、果てしないゲリラ戦を開始する勇気です。ぼくたちはバッタをやっている時に9.11に敗北しましたね。あれをやったのがぼくたちじゃなくて本当に残念でしたし、負けたと思った。敵は明白です。個別のアメリカ人ではなく彼等とわれわれを支配している「アメリカ」という暴力装置--しかもわれわれの内側にもしぶとく入り込んでしまっている--に対する外と内との両方に向けたゲリラ戦を始めることです。
……とまあ、こんなようなことを考えていますね。ブッシュを支持する70%のアメリカ人と戦争を支持しない日本や西ヨーロッパの70%は、要するにどちらにでも容易に入れ替わることのできる人々であり、基本的に同じ一つのシステムの両面にすぎず、いま気分で反戦運動している人たちはその円環の内側をうろうろしているだけです。どちらも嫌だといって引き蘢ったり失語症に陥ったりするよりは行動する方がマシだといいますが、ぼくは逆だと思いますね。まず呆然とし、方向感覚を失い、深くうろたえてみせるというというところからしか何も生まれてこないでしょう。トリエンナーレでヨーコ・オノ張りにすぐに反戦運動を始め周りに生温い連帯を呼びかけたりしたた「殺すな」グループの人たち、本当に駄目の自乗ですね。要するにあの人たちは本当にシステムを変えようなどとはちっとも思っておらず、その意味で「ネオコン」であることに変わりはないのです。こんな人たちと簡単に「連帯」なんかしたくない。ぼくはそう思います。
室井尚 [ Mail ]2003/04/29(Tue) 11:07:13 No.12
唐組「泥人魚」その他
18、19の大阪公演、27の豊田公演に顔を出しました。大阪はバックにイリュミネーション眩い大阪城、豊田は矢作川沿いの古代からこの地を守る挙母神社の木々を配した印象的なラストだった。諫早湾の漁師たちを話題にした今回の作品は「新潮」4月号に戯曲が掲載されているが、いつもの唐作品と同じく重層的で複雑なイメージの織物を形成しており、見る度に違う発見があって楽しい。役者陣ではベテランたちが安定した演技を見せているが、とりわけ、藤井由紀の成長が著しい。
3日から東京公演が始まりますが、とりあえず3、4日の花園神社、16、17日の水戸芸術館、24、25日の雑司ヶ谷鬼子母神、14、15、21、22の花園には顔を出す予定です。他にも行ける日があるかもしれないし、8日の長野公演にも行けるかもしれない。週末、日本記号学会とか映像学会とか講演とかが入っている週は残念ながら行けない。というわけで、室井の居る日に一度という人は是非覗いてみて下さい。当日券で大丈夫。但し、6:20頃迄に必ず来ることが必要です。
新宿梁山泊の「唐版・風の又三郎」の日程が決まり、6月29日から7月6日までが新宿花園神社、20、21日が大阪扇町公演となっています。また唐ゼミ( http://www.karazemi.com )は8月8-10日迄の金沢香林坊公演が決定し張り切っていま�キ。
5月3-5日は、また水戸芸術館でバッタ地上置き公開ですが3日の昼間だけおります。また、17日の土曜日2:00からはギャラリー内で椿昇とのトークショーをやります。5月10、11日は大阪大学吹田キャンパスで日本記号学会、31日は倉敷芸術大学で映像学会のシンポジウムのパネリストをします。
室井尚 [ Mail ]2003/04/29(Tue) 11:01:31 No.11
椿昇の「国連少年」展と嶋本昭三の連続パフォーマンス
横トリでコンビを組んだ椿昇が水戸芸術館で「国連少年-UN Application」展(www.arttowermito.or.jp/art/unboyj.html)を開いている(3/23-6/8)。23日のオープニングに顔を出してみた。三日ほど寝ていないという椿はそれでも相変わらずハイテンションで上機嫌だった。展覧会の様子はウェブ( http://japaninternet.tv/blog/jit013/ )で実況中継されている。
余りにもタイミングが悪く(良く?)イラク戦争の開戦と重なってしまったが、イタリアの建築家の展覧会が突然キャンセルされたため彼が急きょこの展覧会を引き受けた12月の段階では、この企画はかなり危険なものだったはずだ。何しろまだ主要マスコミではブッシュの悪口を言うことすらタブーだった時期である。開戦と重なったことで逆にその暴力性は薄れてしまったし、単純な平和主義と混同されてしまう恐れが強まったのは残念だが、美術家が署名運動やアピールではなく展覧会というきわめてストレートな形でメッセージを発していることは高く評価されるべきだろう。
それから三か月、超低予算の中で突貫作業で作られたこの展覧会は、椿の人的ネットワークとキャリアをすべて投入した総力戦的なパワーに満ちている。まずは広大な展示ホールをこれだけの規模と強度で埋め尽くす並外れたパワーに驚嘆せざるを得ない。これだけのパワーを持つアーティストは今の日本に椿以外にはいないのではないだろうか。まず、これが見るべき展覧会であることをはっきりさせておこう。
第一室は部屋中が赤で塗られ、背後に大きくUNAのマークが描かれた演壇と、横の壁一面には数十種類の機関銃が飾られている。世界中の機関銃のコレクションであり、壁に近づくとセンサーが作動して警報が鳴るようになっている。この演壇ではイベントに合わせて演説会が行われることになっており、オープニングスピーチでは従軍コートを羽織った椿自身のスピーチが行われた。
続く長い通路は、WTCの壁を模した壁紙で覆われ、ところどころの黒板にはサイード、チョムスキー、ジジェクなどのテキストがチョークで日本語と英語で書き込まれている。9.11が戦争へとつながる通路であったことを示しているとともに、細長い通路を水平に立てたWTCに見立てているところが面白い。だとすれば、これらのテキストも崩壊しなくてはならないはずだ。
メインホールに入ると、劣化ウラン弾をベルトコンベアで口の中に運び入れる内部でそれを安全に処理して(?)くれる5メートルの巨大テディ・ベア「テツオ」、軍服製造工場、銀色に輝く五本足の巨大蜘蛛型ロボット「ペンタ」、子供の「秘密基地」を思わせる作戦本部、さまざまなロボット兵器の映像など盛りだくさんである。これだけ盛り込んだにもかかわらず、CGや映像を見る限り、この倍ほどのプランが用意されていたことは明らかであり、その意味で椿の並外れた過剰性には目を見張らさせられる。それをさまざまなコラボレーターが現実化していくわけだが、当然のことながらこれらのコラボレータたちには椿ほどのパワーと狂気は備わっておらず、そのことが唯一この展覧会の欠点と言えるかもしれない。椿には彼等に対する遠慮と距離感があるように思われるし、また椿自身がそれほど展覧会自体の自立した完成度にはこだわらないタイプであるからである。ドミニク・チェンによるコンセプト・ストーリーやUNA憲章のテキスト、「現代思想」家たちのテキストの選択もやや甘ったるいものであるし、軍服コーナーや「秘密基地」もまたやや中途半端な印象を拭えない。靴を脱いで入る「広報室」もやや散漫である。これは、椿と言うよりも複数のメンバーを集めたコラボレーション作業の組織化の問題である。協力者たちは飽くまで椿の手伝いという域を抜け出せておらず、その意味で彼等自身のもつ限界を超え出すところまで行っていない。彼等は彼等自身の遊びを十全にプレイしていないのである。
そんなことを考えながら、三月後半ずっと行われている大阪梅田での嶋本昭三の回顧展と連続パフォーマンス( http://www.takara-univ.ac.jp/satellite/simamo2.jpg )に足を向けた。3月29日には「女拓」の、30日には深喜毛織のカシミア毛布に嶋本がペインティングした布を用いたパフォーマンスが行われた。嶋本はもう七十代半ばになっており、さすがに気球に乗ったり、ビン投げをみずから行うのはきついのか、今回は手綱を取るだけで何もせずに弟子たちのパフォーマンスを見守っていた。
「女拓」というのは裸の女性に墨汁を塗り和紙の上に丁度「魚拓」のような痕跡をつけていくシリーズであるが、通常はクローズドな環境で行われる。非公開を条件に既に数百人の女拓が作られており、表現としては意外な面白さをもっているものだ。というのは、女拓では総じて若い痩せた女性よりも年齢を重ねて太った女性の方がより生命力に溢れた作品が生まれるのである。墨汁のかすれや皺が紙の上に生命の鮮やかなきらめきを現出させ、肉と骨のダイナミックな動きが刻印される。多分男でも同じことが言えるのだろうが、女性という性に限定しているところはおそらく美術史への批判的な言及や嶋本自身のジェンダー性(あるところで彼はあっけらかんと「女拓」は趣味と実益を兼ねていると語っている)が関係していると思��黷驕B
いずれにしても表現装置としての女拓は、大砲絵画やビン投げなどの彼の過去の表現装置と結びついていることは確かであるが、一般的には非公開で行われるものである。
それがこの連続パフォーマンスで公開されたのが、嶋本の周囲にいる若い女性たちが「女拓」という表現装置をみずからの環境として自由に遊んでいる姿だったことに驚かされた。二人の女性は女拓を自分達の表現手段として受け入れ、踊りながらお互いの身体に墨汁を塗りたくったり、大量のところてん(身体に乗ると金色に輝く)や豆腐を用いたパフォーマンスを行い、数枚の女拓アートをその場で作成し観客に提示したばかりではなく、最後には折角作った作品の和紙を引きちぎったり、身体に巻き付けて転げ回って紙と合体しようとしたりする。二日目の毛布のパフォーマンスでも二人の女性ダンサーが、嶋本がロンドンで天井から絵の具を落としてペイントした巨大な毛布に筒型の腕を三本つけて、それを被ったり袖を通したり、観客にまとわせたりする楽しげなパフォーマンスが行われた。また、その日には全身を新聞紙で覆った通称「新聞女」たちも出現し、会場を歩き回っていた。
この二十年近く見ていると嶋本の周りにはいつもこうした女性たちがいる(男性も時々いるが少数であるし、いずれにしても顔ぶれはどんどん変化して行く)。コップ・アートで有名なLOCO( http://www.daysleeper.jp/~loco/) もその一人であるが、嶋本には何よりもこうした奇抜な表現行為を「場」もしくは「装置」として作り出し、そこに多くの自発的なコラボレーターを作り上げてしまう才能があるようだ。恐らく彼女たちは自分達だけで踊ったり、パフォーマンスをするよりも女拓や布を使っている時の方が百倍も千倍も輝いているはずである。
嶋本のやってきたことは、生命の輝きを物の上に痕跡付けることである。重要なのは、だが、痕跡それ自体ではなく(それは産業廃棄物のように結果的に残るものでしかない)、時間の中でその痕跡付けをある「装置」を通した「行為」として行うことであり、しかもその装置を媒介することで通常ではけっして現れることのない潜在的な生命エネルギーを百倍にも千倍にもして解放していくことである。彼のアートとはいわばそうした「OS」を次々と開発して行くことにほかならない。そこに多くの弟子たちが集まり、嶋本の「装置」もしくは嶋本という「機械」を媒介にして、自分達だけでは到達できない表現の地平に突入し、普段では考えられない輝きや生命力を噴出させているようすに感動した。そこでは一人一人がもっているがけっして現実には現れることのない力が見事に引き出されていたように思えるからである。安藤忠雄とジェームズ・タレルによって設計された無機質のビルの中で、ほとんど美術関係者のいない観客たちの前で演じられたこのパフォーマンスは明らかにひとつの衝撃を与える「事件」であったと言えるだろう。嶋本はまぎれも無く「天才」であり、その「天才」はこうして既成の「美術」界の中では無視され続け、何の評価も与えられない彼の生き方の中に存在している。椿の「国連少年」もまた「教育」をひとつのテーマにしたと言っているが、嶋本が彼の「教育」を通してやってきたことは一体何なのだったろうと考えさせられた。「遊び」の中に組み込むのではなく、一人一人がその遊びの中で、自分自身でも思いもしなかった形で自由に遊びはじめる--そんなところに、嶋本昭三が長い間かけて行ってきたコラボレーション・ワークスの秘密があるのかもしれない。
室井尚 [ Mail ]2003/03/31(Mon) 11:45:48 No.9
このごろ
イラク攻撃まで秒読みの中いろいろな変化が起こっている。これは要するにメディアの戦いなのだということが分かります。従来のパブリッシング、ブロードキャスト型メディアが全く機能しなくなっている。ついこの間まではブッシュの悪口すら言えなかったのが、堰を切ったように反米的な言説が流れている。それでも、日本経済(またしても!)や北朝鮮に対する安全保障が口実となってアメリカ追随しかないだろうという風潮がはびこっている。反戦運動に対しても、そんなことして不況が悪化したり、北からミサイルが飛んで来たらどうするというような後ろ向きな態度がこの国の主流のようだ。要するに金銭的に損するのは嫌だ、守ってもらえなくなるのは嫌だ、強い番長に保護されているままで生きていきたいという、卑怯な腰巾着がこの国の舵取りをしているのだ。まあ、見ているがいい。歴史を見てみてもこんなごう慢な国家や卑屈な国家の繁栄が長続きすることはないのだ。今世紀はアメリカと日本の凋落の世紀となるだろう。その中でどうやってしぶとく誇りをもって生きて行くことができるかということがこれからますます重要になっていくだろう。
さて、今後の予定です。
1. 横浜市営バスと組んだラッピングアートバス・プロジェクトがいよいよ佳境に入りました。既に運行中の5種類に加えて、巨大バッタバスを含めた3種類が登場。春休みから、みなとみらい地区を走る「100円バス」として運行されます。それに合わせて3月21日~31日までの期間、地下鉄関内駅コンコースで「ラッピングアートバス展--こんなバス作っちゃいました」が開催されます。21日には交通局によるイベントも開催。詳しく�ヘ、http://hmuroi.edhs.ynu.ac.jp/bus/ へ。
2. 国連に注目が集まる中、水戸芸術館での椿昇の展覧会「国連少年」が始まります。まずは5月3-5日に、再び水戸芸前広場でのバッタの地上置き公開、5月17日(土)2:30-400 には展覧会にちなんだ僕のトークが予定されています。この週末は同時に唐組の水戸公演ですので水戸に泊まります。
3. 唐組公演「泥人魚」には、まず大阪公演の初日二日目4月18-19日から同伴します。また前述のように横浜国大の唐ゼミ公演も5月27-29日を皮切りに始まります。それ以外では5月10-11日に大阪大学吹田キャンパスでの日本記号学会、5月31日には岡山の倉敷芸術大学で開かれる映像学会にパネリストとして招待されています。
室井尚 [ Mail ]2003/03/12(Wed) 12:52:22 No.7
近況とお知らせ
二月も終わりに近づき、もうすぐ三月です。
1. 横浜市バス・デザインプロジェクト
前回お知らせしましたように、2/14に、横国「バッタ」チームによる横浜市営バスのデザインプロジェクトの記者発表会が開かれました。取材陣も多く、神奈川中心ですがテレビや新聞等に大きく扱われました。5種類18車のバスは既に新横浜・鶴見地区を走っていますが、来月春休み期間にはさらにみなとみらい地区に登場予定です。「巨大バッタ」バスも現れるかも……。詳しくは http://hmuroi.edhs.ynu.ac.jp/bus/ を御覧下さい。
2. 唐組公演「泥人魚」
この件、前回お伝えした通りですが、さらに詳しくは近藤結宥花さん、コビヤマ洋一さんが客演する新宿梁山泊のサイト http://www5a.biglobe.ne.jp/~s-ryo/gaibu.html で見ることができます。来週から稽古も始まるそうで楽しみです。ぼくもできるだけ地方にもついて行きますので、そちらでお会いしましょう。尚、この作品の戯曲が公演に先立ち3月6日発売の「新潮」4月号に掲載される予定。尚、唐組の姉妹劇団とも言える新宿梁山泊は夏に74年初演の伝説の作品「唐版・風の又三郎」の全国公演をテントで行うそうです。大久保鷹さんも出演します。こちらも今から楽しみ。
3. 唐ゼミ
横国唐ゼミの第五回公演「少女都市からの呼び声」の日程が決まりました。5/27,28,29 及び 6/27,28が大学内紅テント公演。いずれも6:30から整理券順に開場、7:00開演です。それと今回は6/18,19の二日間新宿の小ホール「パンプルムス」での公演も行います。詳しくは唐ゼミのサイト http://www.karazemi.com (まだ工事中ですが)。唐ゼミはまだ半分学生劇団ですが、ぼくが責任もってプロデュースしていますので中身は保証します。それに作品は間違いなく傑作です。
4. 椿昇展「国連少年」
横浜トリエンナーレでコンビを組んだ椿昇の大掛かりな個展「国連少年」が水戸芸術館で3/23から開催されます。オープニングにはぼくも顔を出しますし、5/3-5には広場での飛蝗の展示やぼくのトークショーも予定されています。タイトルどおり、「危ない」展覧会です。時々メールでやり取りをしていますが、椿さんのパワーに期待しています。戦争や反��フ話はしたくないですが、要するにみんなアメリカの一極支配についていかなくては都合が悪いと思っている。ガキ大将に逆らえない臆病な小学生みたいです。理念もへったくれもない。ただ、数年するとみんながこのガキ大将と一緒に滅んで行くのは目に見えています。舵取りをしている連中を信用していると一緒に沈没するしかない。システム化したゲームとは違う一人一人の生き残りゲームを始めるしかないというのが現状でしょう。実際、会社(や大学)がいつ潰れても面白く生きて行く方法はいくつもあると思います。
その他、その他。前に書いた嶋本昭三さんの連続パフォーマンスも行きますし、秋にはUCLAでの講演のオファーも来ています。大学もだめなら、あらゆる組織がだめになってきていますが、めげずに頑張りましょう。結局は個人、個体の力しかないのですから。
室井尚 [ Mail ]2003/02/23(Sun) 00:59:32 No.6
今後の予定いくつか
今週の5日に全貌が明らかになりますが、横浜市交通局からの依頼を受けて横浜市営バスのデザインを受けていました。とりあえず第一期分、5種類10台のバスが今月末に実際に町を走りはじめます。「バッタ」チームということで学生たちと3か月かけて取り組んだ成果です。これも詳細の発表は14日以降になりますが、
このプロジェクトはそれだけではなく、今後も続いて行きます。
ぼくが唐十郎とともに本当に凄いと心から尊敬しているアーティスト、嶋本昭三さんの連続パフォーマンスが大阪梅田茶屋町にオープンする宝塚造形大学大学院サテライトで3月21-4月3日にかけて行われます。詳しいことは http://www.takara-univ.ac.jp/satellite/simamo2.jpg で見られます。ぼくも期間中に是非見に行きたいと思っています。何か一緒にやるかもしれません。
今年の唐組の春公演「泥人魚」の日程がほぼ決まりました。諫早湾をテーマにした新作、客演も何人か入り、きっと面白いです。わくわくしています。
4月18-20日の大阪から始まり、翌週26-27の愛知県豊田市。新宿花園神社が5月3-4と、10-11。翌週16-18が水戸芸術館。24-25、31と6月1日が雑司ヶ谷鬼子母神、6月7-8が長野、14-15、21-22がまた新宿は謎の神社となります。その間、日本記号学会やゲストで参加する映像学会で休みもあるもののほぼ顔出しますのでよろしく。とりわけ去年行けなかった水戸にも行きますので、またいろんな方とお会いしましょう。
水戸芸術館と言えば、「インセクト・ワールド」でコンビを組んだ椿昇が3月23日から6月までワンマンショーをやります。タイトルは「国連少年」。椿ならではの「危ない」展覧会になりそうです。去年の夏にご当地お目見えしたバッタの地上展示も5月3-5日に予定されています。
ところで、この唐組公演と重なる時期に、横浜国大「唐ゼミ」公演も行います。唐十郎が大学に来てから6年。集まった学生たちが力をつけてテント公演を行っていますが、いろいろな人から「外でやるべきだ」というお勧めもあり今回は東京公演も行います。大学でテント公演を四回、東京で6月末にホール公演を行う予定ですが、詳細が決まりましたらまたお知らせいたします。結構いいんです、これが!
室井尚 [ Mail ]2003/02/03(Mon) 00:23:12 No.5
正月、終わったね。
桑島君、書き込みありがとう。ぼくの方も4日に高校の山岳部の新年会があった。
昔は年賀状とかお年始とか面倒くさい風習だと思っていたし、最近は枚数も多く、年末ぎりぎりまで怒りまくりながら作っていたものだが、それでも年に一度いろんな人から近況を聞けるのはうれしいような気がするようになってきた。やはり歳のせいなのだろうか。未年生まれなので、次回は暦が還ってきてしまうことになります。あんまりそういう感じはしないけれどね。
今年もずっと消息が途絶えていた元学生たちからメールや年賀状が沢山届いてうれしかった。みんな頑張っているなと思いながら、自分ももっと挑戦し続けなくてはならないと身がひきしまる思いがする。何だか十六歳くらいからずっと引き延ばしにしてきたことが随分沢山あるような気がして、それを「もうこの歳になっては今さら遅すぎる」と半ば自己正当化しているような気がして、駄目だなと思うね。と言いながら時がもの凄い速さで進行してしまうのだから、これも毎年の正月の行事のようなものかもしれない。
正月のんびり休んだ後、5,6と山中湖の唐組乞食城へ。-15度ともの凄い寒さだったけれど富士山がきれいだった。
唐組公演、誘おうか? 頭の中がすりこぎで掻き回されるのを覚悟して来てくれ。
室井尚 2003/01/11(Sat) 09:25:11 No.4
あけましておめでとうございます
昨年講義いただいた「メディアの歴史におけるパノラマ(館)の役割」は大変参考になりました。Thanks. 他にもいっしょに講義をしていただいて参考になったことがあったのだけれど、はばかるのでいえない。
室井は、歴史的にとらえることができるので10-100年の時間の中での位置付けを論じたり予測して楽しめることがあるからいいけれど、こちとらは実際のパノラマカメラを売っていて商売もしているので(パノラマに限らずハイテクものは)即物的になりがちでつまらない面がある。
また、講義の続きを是非お願いしたい。唐さんの公演も誘ってください。
1/2は、例年のように高校の生物の集まりがあった。単純に楽しかった。
今年もよろしく
桑島茂純 [ Web ]2003/01/05(Sun) 17:54:04 No.3
あけましておめでとうございます。
寒くてすっきりしない正月ですが、おかげで余り外に出かける気がせずに久々にのんびりできました。
今年は、日本記号学会の会長職三年目ですので頑張りたいと思います。今年の大会は大阪大学です。それから、横浜国大唐ゼミをサポートして何とか外部公演を実現したいと考えています。
今年も日本中いろいろなところに行きますので、よろしくお願いいたします。
それでは。
室井尚 [ Web ]2003/01/03(Fri) 20:29:49 No.2
2003年を目前に
久々にここをいじってみました。短信のページもリニューアル。
まだ2002年ですが、とりあえず今年もよろしくお願いいたします。
室井尚 [ Mail ] [ Web ]2002/12/31(Tue) 23:27:02 No.1